Profile
音楽で、人と人をつなぐ。
株式会社MUSIC FAMILY 代表取締役

山本 美月

yamamoto-mizuki

音楽教育・ピアニスト・音楽家支援

大阪府

ACTIVITIES 活動内容について
Service

株式会社MUSIC FAMILYの運営・音楽イベント/プロデュース

東京と大阪を拠点に株式会社MUSIC FAMILYを運営。「音楽人口を増やす」を目標に、子どもから大人まで楽しめる地域活性音楽イベントや、アーティストのプロデュースを行っています。また、幼稚園・保育園・アフタースクールなどへプロの講師を派遣し、教育現場へ向けた子ども向け音楽教育事業も展開しています。

Service

ピアニストとしての楽曲制作・演奏・コラボレーション

自身もピアニストとして活動し、オリジナル楽曲制作やコンサート活動を継続。レクサス展示車への楽曲採用やメディア出演など、幅広く活動しています。画家、落語家、書道家などともコラボレーションし、ジャンルを超えた音楽表現にも取り組んでいます。

Message 私の想い
私は、音楽には人生を支える力があると思っています。 音楽を、一部の人だけの特別なものにはしたくありません。けれど現実には、才能があっても活躍の場を持てない音楽家や、音楽に触れる機会を持てていない子どもたちがたくさんいます。 だからこそ、“音楽が必要とされる場所”をつくり出し、“音楽を届けたい人”とつなぐ存在でありたいと考えています。 私自身、幼い頃からさまざまな環境の中でピアノと向き合ってきました。苦しさや孤独を感じた時期もありましたが、音楽は人生を歩んでいく中で、そっと寄り添ってくれるものだと思っています。 また、これまでの活動の中で、多くの人との出会いが新しい可能性を生み出してきました。教育、地域、企業など、さまざまな分野とつながることで、音楽の可能性はもっと広がっていくと感じています。 音楽を通して、人が前向きになれる場所をつくること。そして、誰かの人生にそっと寄り添える存在であること。日本から、そして世界へ。音楽の力を届け続けることが、私の目指している活動です。
my story 私の物語
PHASE 01 幼少期から小学校時代 ― 愛情と期待の中で、努力することが当たり前だった頃

一人っ子として育ち、両親の愛情はすべて自分に向けられていた。その分、「期待」も大きかったように思う。4歳でピアノを始め、その頃から母には、本気で向き合うことの大切さを教えてもらった。「やるならやる」「やらないならやめる」――一般的には厳しいと感じるであろう教育方針に、子どもながら葛藤しながらも、ピアノを選び続けてきた。小学校時代は、勉強もスポーツも、やればできてしまうところがあったけれどその裏では、本気で取り組むからこそ「できない自分は許せない」という自分へのプレッシャーも抱えていた。努力することが当たり前。そんな価値観が、この頃から自然と身についていった。

PHASE 02 小学校高学年 ― 楽しかったピアノが、戦いのように変わっていく

4歳から始めたピアノは、最初は純粋に楽しかった。優しく可愛い先生のもとで音楽に触れ、「もっと弾きたい」と思える時間だった。しかし小学校高学年になる頃、ピアノの道へ進むため先生が変わり、そこからピアノは、楽しむものというより、戦いのようなものへ変わっていった。毎日練習。生活の中心には、常にピアノがあった。家族全体も“ピアノ中心”となっていく。今振り返ると、ピアニストを目指す家庭は、オリンピック選手を育てるような空気に近いのかもしれない。そんな環境の中で、自然と努力する力と、最後までやり抜く根性が育っていった。

PHASE 03 中学時代 ― 千葉から兵庫へ、ピアノのために変わった生活

中学2年生の頃、千葉から兵庫へ引っ越すことになる。その背景には、“ピアノ中心の生活”が大きく影響していた。母とは話し合いのもと、「ピアノを続けられる環境」を選ぶことで、千葉から兵庫へ転校することになったが、新しい環境は想像以上に過酷だった。言葉も文化も違う。なんでもやればできると思っていた人生が、一気に変わった。言葉が違い、うまくコミュニケーションがとれない。関東からの転校は、孤立との戦いでもあり、学校へ行くのもつらいと感じていた。どうして、こんな人生になってしまったんだろう」と感じるようになる。好きだった音楽が、初めて苦しみとなった時期だった。

PHASE 04 孤独と葛藤 ― 祖父母の支えと、母との衝突の中で

転校後の生活は精神的に苦しかったが、そんな時に特に支えてくれたのが祖父母だった。それでも、ピアノによって人生が変わってしまった――そう感じるほど、当時は追い詰められていた。「もうピアノを辞めたい」。そう母へ伝えたこともあった。けれど母は諦めず、やると決めたこと、人生を懸けてきたことを諦めていいはずがないと、何度も向き合ってくれた。意見の違いから口論になることも多かった。この頃は、少しずつ、少しずつ、ピアノと向き合うことが自分にとっての精一杯だった。

PHASE 05 転機 ― ショパンの幻想即興曲と、恩師との出会い

ある日、母がなにげなく流したショパンの幻想即興曲を聴き、強い衝撃を受けた。その日を境に、「ピアノをやりたい」と思うようになる。そこから、純粋にピアノに向き合い、本格的に足を踏み入れていった。「上には上がいる」――その現実を痛感しながらも、演奏技術だけではなく、“音楽で人の心を動かすこと”を学んでいく。恩師である木村綾子先生との出会いは、ピアノへの向き合い方を明るくしてくれた大きな出来事だった。

PHASE 06 演奏活動と出会い ― 音楽は人と人をつなぐ力を持っている

演奏活動を通して、さまざまな人との出会いがあった。音楽関係者だけでなく、経営者、イベント関係者、教育関係者など、多くの人とつながる中で、“音楽は人と人をつなぐ力を持っている”と実感するようになる。その経験が、後の活動の土台になっていった。一方で、演奏活動やレッスンを続ける中で、音楽業界の現実も見えてきた。なかなか活躍の場がない。音楽で生き続けることは、想像以上に難しい。だからこそ、「音楽家がもっと自然に活躍できる場を、自分自身で作り出したい」と考えるようになった。

PHASE 07 現在 ― MUSIC FAMILYとして、音楽が必要とされる場所をつくり続ける

そしてコロナ禍。音楽業界は大きな打撃を受け、多くの音楽家が活動の場を失っていった。その中で、“今ある形”にこだわるのではなく、「必要とされる場所へ必要とする形で、音楽を届ける」という発想へ切り替えていく。「音楽が好き」そんな想いを持っている人は、みんな家族。そんな想いから、株式会社MUSIC FAMILYを本格的に立ち上げることになった。現在は、株式会社MUSIC FAMILY代表として、音楽教室運営、講師派遣、演奏家支援、イベント企画など幅広く活動している。また、自身も演奏家として活動を続けながら、これまで積み重ねてきた人とのつながりを大きな支えにしている。音楽関係者だけではなく、企業、教育機関、地域、イベント業界など、多くの人との出会いを通して、“音楽が必要とされる場所”を開拓し続けている。幼い頃からさまざまな環境の中で音楽と向き合い続けてきたからこそ、「人生を豊かにしてくれるものであってほしい」と考えている。音楽を通して、人の人生に寄り添う。そんな活動を、これからも続けていこうとしている。

WORKS これまでの実績

オリジナル楽曲で銀座山野楽器リリースコンサートを開催

音楽出版社「CDジャーナル」に掲載

Yahooニュースにて「話題のピアニスト」として紹介

レクサス展示車へ楽曲提供

朝日放送『探偵!ナイトスクープ』でピアノ講師として出演・楽曲指導を担当

落語家・月亭方正氏、桂三金氏とのコラボレーションを実施

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