Profile
日本舞踊で伝える
和の心と美しさ
伝•Tokyo

若柳 尚雄里

wakayagi naoyuri

教育 / イベント企画 / 日本舞踊家・講師•キャスティング派遣

東京都

ACTIVITIES 活動内容について
Service

日本舞踊家としての舞台・表現活動

日本舞踊家として舞台出演やパフォーマンス活動を行っています。古典芸能としての日本舞踊だけでなく、現代的な感性や多ジャンルの表現を取り入れながら、“心で踊る表現”を追求しています。

Service

日本舞踊教室「yu-nokai日本舞踊研究所」の運営

「yu-nokai日本舞踊研究所」を主宰し、子どもから大人まで幅広い世代へ日本舞踊を指導しています。技術指導だけでなく、礼儀作法や日本文化、自己表現の大切さも伝えています。

Service

「伝・Tokyo」を通じた和文化・伝統芸能の発信事業

「伝・Tokyo」として、日本舞踊や和文化、伝統芸能アーティストの派遣・企画事業を展開しています。企業イベントやインバウンド向け企画、舞台出演などを通じて、日本文化の魅力を国内外へ発信しています。

Message 私の想い
日本文化を、“遠い伝統”ではなく、“今を生きる人に届くもの”として未来へつないでいきたい。そんな想いで、日本舞踊家としての活動、教室運営、そして伝統芸能のキャスティング事業を行っています。 日本舞踊や伝統文化は、本来とても美しく、奥深く、人の心を豊かにしてくれるものです。けれど現代では、「難しそう」「敷居が高い」と感じられ、日常から少し離れた存在になりつつあります。 だからこそ私は、古典を大切に守りながらも、時代や世代に合わせた“伝え方”が必要だと考えています。J-POPやアニメソングとの融合、企業イベントでの文化演出、子どもたちへの礼儀作法教育など、日本文化をもっと自然に、もっと身近に感じてもらえる活動を続けています。 表現とは、技術だけではなく、その人の内面や生き方が映し出されるものです。 これからも日本舞踊を通して、人の心を育み、日本文化の魅力と精神性を次世代へつなぐ架け橋であり続けたいと思っています。
my story 私の物語
PHASE 01 幼少期 ― 日本舞踊が“日常”だった少女時代

北海道札幌市に生まれ、日本舞踊家の父とピアニストの母のもとで育った。
幼い頃から家には常に音楽や舞踊があり、日本舞踊は“特別なもの”ではなく、“生活の一部”だった。
満2歳頃から稽古の真似事を始め、2歳9ヶ月で初舞台を経験。
しかし本人にとっては、「日本舞踊家の家に生まれた」という特別意識はほとんどなかった。
稽古をして、舞台に立つことが当たり前。
それが自然な日常だった。
幼少期から舞台に立ちながらも、自由な感性を大切に育てられていたことが、今の表現の土台になっている。

PHASE 02 少女時代 ― バレエと出会い、表現の世界に夢中になる

4歳頃からクラシックバレエを始め、夢中になって踊る日々を送っていた。
父は「これからの時代は、さまざまな音楽や表現に対応できる日本舞踊家が必要になる」と考え、バレエやダンスにも積極的だった。
日本舞踊だけではなく、クラシックや現代的なリズムにも触れながら、“身体で表現する楽しさ”を覚えていく。
やがて、気持ちは次第にバレエへ傾いていった。
日本舞踊は“家の文化”として続けながらも、「自分自身が心から夢中になれるもの」を探していた時期だった。

PHASE 03 中学・高校時代 ― ダンスに魅了された青春

13歳頃からは、さらにダンスへ没頭していく。
日本舞踊とは異なる自由な表現、音楽との一体感、身体を使って感情を伝える感覚。
その世界に強く惹かれていた。
「将来は日本舞踊家にならない」
そう話すほど、当時はダンスの道を本気で考えていた。
高校卒業後にはダンス留学を考え、海外でダンサーとして活動する未来も思い描いていた。

PHASE 04 転機 ― 父との別れ、そして人生の選択

17歳の時、父が突然この世を去った。
大きな喪失だった。
日本舞踊の世界では、親を失うことは“後ろ盾を失う”ことでもある。
進学や将来を考える余裕はなくなり、一度は日本舞踊から離れることになり、
自分の人生を見つめ直す時間を過ごしていた。
けれど、その一年間の中で改めて気づく。
自分にとって、日本舞踊は“切り離せるものではない”ということを。
18歳の時、再び師匠へ連絡し、「もう一度、日本舞踊の世界に戻りたい」と伝えた。
その決断が、今の人生へつながっていく。

PHASE 05 上京 ― 自分の名前で歩み始めた日々

その後、本格的に日本舞踊の道へ進み、22歳頃に東京へ。
正派若柳流で学びながら、自分自身の表現を磨いていった。
日本舞踊を続ける中で感じていたのは、“伝統を守るだけでは届かない時代”になっているということ。
だからこそ、クラシック、J-POP、アニメソングなど、さまざまな音楽と日本舞踊を融合させた表現にも挑戦していく。
“伝統を今の時代へ届けるにはどうしたらいいのか”
その問いを、自分自身の舞台で表現し続けていた。

PHASE 06 挑戦期 ― 日本舞踊教室と文化事業の立ち上げ

24歳頃から、自身の日本舞踊教室をスタート。
子どもから大人まで、誰でも日本舞踊を学べる場所づくりを目指していた。
しかし、教えていたのは踊りだけではない。
礼儀作法、風呂敷の包み方、話し方、面接指導――。
“日本文化を通して、人としての土台を育てる”
そんな教室づくりを行っていた。
さらに、自ら心理カウンセラーや受験メンタルトレーナーの資格も取得。
表現とは、内面から生まれるもの。
その考えのもと、生徒一人ひとりと向き合い続けている。
そして約10年前には、「伝・Tokyo」として、日本伝統芸能や文化人の派遣・キャスティング事業も開始。
日本文化を、より広く社会へ届ける挑戦が始まった。

PHASE 07 現在 ― “今の時代に届く日本文化”を未来へ

現在は、日本舞踊家として舞台に立ちながら、日本舞踊教室の運営、そして「伝・Tokyo」を通じた伝統芸能キャスティング事業を展開している。
茶道、華道、邦楽など、多様な伝統文化を企業イベントや舞台へつなぎ、日本文化の魅力を現代へ届けている。
大切にしているのは、“伝統を閉じた世界にしないこと”。
古典を守りながらも、時代や世代に合わせて届け方を変えていく。
日本舞踊を、もっと身近に。
日本文化を、もっと自由に。
幼い頃から続いてきた舞踊人生は今、“次世代へ文化をつなぐ活動”として、新しい形へ進化し続けている。

WORKS これまでの実績

公益社団法人日本舞踊協会東京支部 日本舞踊ジュニアコンクール 指導者奨励賞受賞

Private Q&A 一問一答
Q1. 子どもの頃、好きだったことは?

人形遊びや絵を描くことや何かを制作すること。

Q2. 心に残っている映画や物語は?

【アラジン】【美女の野獣】【リトルマーメイド】などのディズニー映画。愛や夢の為にも諦めないことを教えてくれました。

Q3. 自分の性格を一言で表すと?

柳の如く(しなやかで強い)

Q4. 趣味はなんですか?

旅行

Q5. 心地よく感じるのはどんな時?

日本文化や伝統芸能が誰かの役に立った時

Q6. 休日はどう過ごしていますか?

旅行に出掛けたり、美術館や博物館に行って、感性を刺激したり癒されたりしています。

Q7. 自分を整えるためにしていることは?

深呼吸と感謝

Q8. 大切にしている言葉は何ですか?

継続は力成り

Q9. 人生で、大きな分岐点は何でしたか?

父との別れと、娘の誕生。命のリレーを感じましたし、子どもが愛おしくも感じ、子どもへの指導も研究し始めました。

Q10. あなたにとって仕事とは?

誰かの人生に於いて、心地良いものにすること。

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