Profile
人と動物が、
安心して生きられる社会へ
NPO法人しっぽの約束 代表

中川 有紀子

nakagawa yukiko

動物保護・動物福祉

東京都

ACTIVITIES 活動内容について
Service

保護犬・保護猫のレスキュー・譲渡活動

行き場を失った犬猫の保護活動を行い、新しい家族へつなぐ譲渡支援を展開しています。特に高齢犬・高齢猫の保護にも力を入れ、“命を最後までつなぐ”活動に取り組んでいます。

Service

高齢者とペットの共生支援

高齢化社会における「飼い主が飼えなくなった後」の問題に向き合い、高齢者とペットが安心して暮らせる仕組みづくりを推進しています。終生飼養や預かり支援など、社会課題解決型の活動を行っています。

動物福祉・社会課題に関する啓発活動

講演・情報発信・コミュニティ活動などを通じて、動物福祉や保護活動への理解を広げています。動物保護だけでなく、高齢化・孤独・共生社会など、人と動物を取り巻く社会課題についても発信しています。

Message 私の想い
私は、動物保護を「かわいそうだから助ける活動」だけで終わらせたくないと思っています。 万一の時、飼いたくても最後まで飼えないという事情は、これからさらに増えていきます。 (もちろん、動物愛護法では、一旦 犬猫を家族として迎えたからには終生飼育が義務付けられている) だからこそ、感情論だけではなく、「命をつなぎ続けられる仕組み」を社会の中に作ることが必要だと考えています。 これまで企業人事や大学教育の現場で培ってきた、組織運営・人材育成・マネジメントの経験も、すべて今の活動につながっています。 保護活動は、誰か一人の善意だけでは長く続きません。 無理なく、持続可能で、次の世代へ受け継げる形にしていくことが大切です。 また、動物を守ることは、人を守ることでもあると思っています。 孤独、高齢化、家族の在り方――。 動物を取り巻く問題の背景には、必ず人の課題があります。 だからこそ、人と動物が安心して共に生きられる社会をつくりたい。 “命を最後まで見捨てない仕組み”を広げていくことが、私の使命だと感じています。
my story 私の物語
PHASE 01 幼少期 ― “目立たない普通の子”だった少女時代

子どもの頃は、自分でも「ごく普通の子だった」と振り返る。反抗期らしい反抗もなく、リーダーシップを発揮するタイプでもなかった。学校でも目立つ存在ではなく、静かに周囲に合わせながら過ごしていた。
ただ、小さい頃から動物は好きだった。家では猫を飼っていた時期もあり、自然と動物が身近な存在になっていた。
当時はまさか、将来500匹以上の猫たちと向き合い、NPO法人を立ち上げる人生になるとは想像もしていなかった。“普通の人生”を歩んでいく。そう思っていた少女時代だった。

PHASE 02 大学時代 ― “学び”よりも、社会へ出ることを考えていた

大学では外国語学部へ進学。ただ、「学生時代に特別勉強熱心だったわけではない」と語る。
今、大学教員として学生を教える立場になったからこそ、「本当の学びは社会に出てからだった」と感じている。
当時は、特別な夢があったというより、“社会に出て働く”ことを自然に考えていた時期だった。バブル期という時代背景もあり、就職市場も活気に溢れていた。男女機会均等法も施行されて2年目、漠然と一生働こうと考え、新卒で三井信託銀行へ総合職として入社。
ここから、“働くこと”が人生の大きな軸になっていく。

PHASE 03 会社員時代 ― 男性社会の中で働き続けた28年間

社会人になってからは、企業の人事畑を28年間歩み続けた。課長、部長とキャリアを重ね、女性管理職として組織の中で責任ある立場を担っていく。
当時は、今以上に男性社会が色濃い時代。「女性だから」と甘く見られないよう、常に結果を求められる環境だった。
優しいことばかり言ってはいられない。厳しさの中で、張りつめながら働き続けていた。
29歳、31歳で二人の子どもを出産。30代は子育て中心の生活を送りながらも、仕事を辞めるという選択肢はなかった。
“働くこと”は、自分自身の軸だった。

PHASE 04 40代 ― 人事部長、博士課程、子育て…極限の日々

40代に入ると、人生はさらに忙しさを増していく。フルタイムで人事部長を務めながら、海外出張をこなし、さらに博士課程(Ph.D.)へ進学。
子どもたちはまだ学生。仕事、家庭、研究を同時並行で抱えながら、正月も勉強を続ける日々だった。
「40代が一番大変だった」
そう語るほど、極限の毎日だった。

夜間の修士2年と博士課程に進み、仕事と子育てを続けながら、苦節10年。猫たちと一緒に暮らしながら、博士号取得まで走り続けた。

それでも、“研究したい”“教えたい”という想いを諦めなかった。努力の末、博士号を取得。その後、大学教員としてアカデミックの世界へ進むことになる。
「やりたいと思ったことは、最後までやり切る」
その姿勢が、人生を切り開いていった。

PHASE 05 転機 ― 一匹の黒猫“バラク”との出会い

人生が大きく変わったのは、40代半ば。東京都多摩愛護センターから、一匹の黒猫を引き取ったことが始まりだった。
その猫の名前は、“バラク”。
当時の東京都では、多くの子猫が殺処分されていた。バラクも、本来なら命を落としていたかもしれない存在だった。
しかし、バラクは不思議なほど穏やかな猫だった。他の保護猫も受け入れ、家の中に自然と居場所を作ってくれた。
忙しさと緊張感の中で働き続けていた日々の中で、猫との時間は“癒し”そのものだった。
論文を書く時も、膝の上には猫がいた。「猫がいなければ、バランスが取れなかったと思う」
その出会いをきっかけに、保護活動を始めるようになる。

PHASE 06 挑戦 ― “感情”だけでは続かない保護活動

保護活動を始めてから、16年間で譲渡した犬猫は560匹以上。しかし、その活動は、“かわいそうだから助ける”だけでは終わらなかった。
企業人事として長年培ってきた、戦略・組織運営・マーケティングの視点。それを保護活動にも持ち込んでいた。
「感情だけでは疲弊する」
譲渡活動も戦略的に行い、仕組みとして継続できる形を作っていった。
その姿勢は、他の保護活動家とは大きく違っていた。感情論ではなく、“持続可能な保護活動”を考えていた。
やがて、その実績と信頼から、三井住友信託銀行の"おひとり様信託"に付随するペット特約の受け皿にも選ばれる。これまで築いてきたキャリアすべてが、保護活動へつながっていった。

PHASE 07 現在 ― 人生の集大成として、“しっぽの約束”へ

現在は、NPO法人「しっぽの約束」代表として活動。高齢者や単身者が亡くなった後に残される犬猫たちを支える仕組みづくりに取り組んでいる。
個人活動では限界がある。そう感じたことから、仲間と共にNPO法人を設立。
さらに、埼玉県寄居町に土地と古民家を購入し、高齢犬猫のためのシェルターも整備した。クラウドファンディングでは約300人近い支援者が集まり、多くの共感を得ている。
現在も、大学教員、社外取締役、企業活動を続けながら、保護活動も並行して行っている。朝8時から夜11時まで働く生活は、今も変わらない。
「仕事と猫。どちらも自分に必要なんです」
これまで積み重ねてきたキャリア、人脈、信用、経験――。そのすべてを注ぎ込みながら、“命をつなぐ仕組み”を作り続けている。

WORKS これまでの実績

16年以上にわたり犬猫の保護・譲渡活動を継続

560匹以上の保護犬・保護猫を新しい家族へ譲渡

クラウドファンディングで約300名規模の支援を獲得

大学教員として人材・キャリア分野の研究・教育活動を展開

企業人事として28年間のキャリアを持つ

博士号(Ph.D.)を取得

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