Profile
SNSの力で、一人ひとりが安心して夢を追える世界をつくる。
株式会社MCLOUD

南 美沙

Minami Misa

モデル / イベント企画 / インフルエンサーマーケティング/キャスティング

東京都

MESSAGE 私の想い
私が目指しているのは、生まれ育った環境や年齢、肩書にかかわらず、誰もが自分の可能性を信じ、安心して夢を追い続けられる社会です。挑戦したいという気持ちが、機会の不足や周囲の決めつけによって閉ざされることのない未来をつくりたいと考えています。 SNSやインフルエンサーの力は、単に情報を広げるためのものではありません。まだ知られていない人や商品の価値に光を当て、企業とクリエイター、思いと機会をつなぎ、新しい選択肢を生み出す力です。数字だけでは測れない個性や言葉、背景まで尊重し、その人らしい魅力が正しく届く仕組みを育てていきます。 事業で大切にしているのは、信頼に応えること、仲間を尊重すること、そして難しい課題にも解決策を探し続けることです。企業、クリエイター、社員の誰か一人だけが利益を得るのではなく、関わるすべての人が価値を発揮し、ともに成長できる関係を築きます。 夢を語るだけで終わらせず、挑戦できる場と仕組みに変え、社会へ残していく。誰かが一歩を踏み出す時に、安心して挑戦できる土台をつくること。それが、私の使命です。
ACTIVITIES 活動内容について

Influencer’s EXPO

企業とインフルエンサーが直接つながり、商品・サービスとの新しい出会いを生み出す日本最大級のインフルエンサーイベントを企画・運営しています。企業の魅力を実際に体験し、発信者自身の言葉で生活者へ届けられる場を設計することで、単発のPRにとどまらない継続的な関係づくりを支えています。

Influencer’s Award

多様な分野で活躍するインフルエンサーの価値と功績を社会へ伝え、日本を代表するクリエイターを表彰するアワードを主催しています。数字だけでは測れない発信の影響力や社会への貢献にも光を当て、クリエイターが誇りを持って次の挑戦へ進める機会をつくっています。

インフルエンサーマーケティング総合支援

約3,500名のインフルエンサーが登録するキャスティングプラットフォームを運営しています。企業が案件に合う人材を直接募集できる環境に加え、SNS戦略、アカウント運用、企画、クリエイティブ制作、俳優・タレントを含むキャスティングまで一貫して支援し、ブランドと発信者の魅力が正しく届くプロモーションを実現します。

MY STORY 私の物語
PHASE1 幼少期 ― 愛情と2つの文化に包まれた、好奇心の原点

横浜で、日本人の父と台湾出身の母のもとに生まれた。父が不動産会社を経営していたこともあり、幼い頃は経済的に恵まれた家庭で育った。家には、家事や子育てを支えてくれる人たちが行き交い、末っ子だった私は「お嬢ちゃん」と呼ばれながら大切に育てられた。台湾の文化にならい、家の中には看板ほどもある大きな家族写真が飾られていた。幼い頃の記憶に残るのは、誕生日を祝う声と、自分が愛されているという安心感だった。

母の体調が優れない時期もあり、家族だけでなく周囲の大人たちが暮らしを支えていた。いろいろな背景を持つ人が一つの家に集う環境は、人への関心と、相手の空気を感じ取る感受性を育てた。明るさだけでは割り切れない家庭の中でも、人とつながることで安心できることを、幼いながらに知っていった。

ピアノ、バレエ、演劇など、習い事は週に9つほど。興味を持ったら、まずやってみたい。飽きるのも早かったが、新しい世界へ飛び込むことを怖がらない子どもだった。演劇では、感情を開いて表現することを褒められた。人の心が動く瞬間が好きだという感覚は、後のモデル・俳優活動、そして人を巻き込む事業づくりの原点になっている。

PHASE2 小学校高学年 ― 父との別れで、当たり前の景色が崩れた

小学5年生の頃、不動産会社を営んでいた父の事業が厳しくなり、それまで家を支えていた人たちが1人ずついなくなった。新しい家の計画も消え、暮らしの変化を感じ始めた頃、父が白血病で入院する。文化祭へ向かうはずだった日、代わりに病院へ行った記憶は今も残っている。約1年半の闘病の末、父は帰らぬ人となった。

「父さえ生きていれば、きっと何とかなる」。そう信じていた私にとって、父は家族を支える存在であり、最後の心のよりどころでもあった。その父を失い、住み慣れた家を離れ、私立校から公立校へ転校する。悲しみに立ち止まる間もないまま、それまで当たり前だった日常が次々と形を変えていった。

豊かな暮らしも、安心できる居場所も、決して永遠ではない。経済状況や周囲の環境によって、子どもが思い描ける未来や選べる進路まで変わってしまう。その現実を身をもって知ったことは、深い喪失感と同時に、「いつか自分の力で、もう一度未来をつくりたい」という思いを心の奥に残した。

PHASE3 中学・高校時代 ― 一人で暮らす夜、人の支えに救われる

母が遠方で働くようになり、兄も家を空けることが増えたため、中学2年生頃からは、ほぼ一人で暮らすようになった。限られた生活費を自分でやりくりし、食事も日々の判断も自分で担う。次の振り込みを待ちながら心細さを抱える夜もあったが、頼れる大人が家にいない以上、自分で何とかするしかなかった。

そんな日々を支えてくれたのが、友人とその家族だった。新しい学校や環境になじめず苦しい時も、声をかけ、居場所を分けてくれる人がいた。血のつながりだけが家族ではなく、人とのご縁が暮らしと心を支えてくれる。自分は一人で生き延びたのではなく、多くの人に助けられてきたのだという感覚が、後に仲間を大切にする姿勢へつながっていく。

勉強はできる方だったが、進学を当たり前に考えられる環境から離れ、将来の輪郭を見失っていった。高校生活にも十分にはなじめなかった一方、ダンスだけは夢中になれた。踊る時間には目標があり、努力する理由があった。状況に流されそうな自分をつなぎ止め、もう一度前を向かせてくれたのが、表現することだった。

PHASE4 10代後半から20代前半 ― ダンスに賭け、自分が生きる場所を探す

高校在学中からダンサーとして舞台に立ち、卒業後も活動を続けた。「やると決めたら、極めたい」。その一心で練習を重ね、ダンススクールで教える立場も経験した。アルバイトで費用を貯めて海外へ渡り、ニューヨークのBroadway Dance Centerにも通った。知らない場所でも、自分から動けば学ぶ機会はつくれる。その実感を得た時期だった。

けれど、努力を重ねるほど、体格や体力の面で自分に向いていない部分も見えてきた。憧れていた先輩たちが、実力を持ちながら経済的には苦労している現実にも直面する。何か一つを懸命に続ければ、幼い頃に見ていた豊かな景色へ戻れると思っていた。だからこそ、好きなことと、長く生きていける仕事との間にある距離を知った時は、悔しさと迷いが残った。

一方、イベントやショーでは、その存在感を生かしてモデルの仕事を頼まれるようになった。ダンスを諦めたというより、表現する力が別の場所で求められていることに気づいたのだった。向いていない自分を責め続けるのではなく、自分の魅力がより生きる場所へ進む。この選び直しが、後のモデル活動への入口となった。

PHASE5 23歳から28歳 ― 母になり、自分の足で暮らす力を育てる

23歳で結婚し、息子を授かった。妊娠中、夫が仕事上の問題を抱え、家族の暮らしは一変した。突然の出来事に大きなショックを受けたが、結婚を誓った夫が苦しい状況にある中、自分だけが離れることは選びたくなかった。幼い頃に父を失った経験があるからこそ、「子どもから父親を取りたくない」という思いも強かった。家族を守ろうと、約3年半にわたり子育てと家庭を支え続けた。

しかし、自由に外で働くことが難しい中、貯蓄が減っていく暮らしへの不安は募っていった。子どもの未来を守るためにも、自分で収入を得る力が必要だった。子連れでも参加できる読者モデルを始め、自宅でできる仕事を探す中で株式投資に出会う。知識はゼロ。それでも関連書籍を10冊ほど読み、少額から試し、失敗と検証を重ねながら、自分で判断する力を身につけていった。

28歳で結婚生活を終えた時、胸にあったのは痛みだけではなく、「できることはやり切った」という安堵でもあった。息子と父親の関係は、離婚後も大切にした。自分が経験した寂しさを、そのまま子どもへ渡したくなかったからだ。誰かに人生を委ねるのではなく、親としての責任を果たしながら、自分の人生にも責任を持つ。その覚悟が、再出発の土台になった。

PHASE6 28歳 ― 人の目から自由になり、人生を選び直す

離婚後、長く制約の多い暮らしをしてきた私の心に、初めて「自分で選んでいい」という感覚が戻ってきた。子どもを育てる責任を全うする。そのうえで、残りの人生をどう生きるかは自分で決められる。時間は有限であり、もう自分の本音から逃げたくない。そう思った時、閉じ込めてきた願いが、はっきりと言葉になった。

もし、できるかどうかを考えなくていいなら、何になりたいのか。答えは、モデル、俳優、起業家だった。若い頃にも憧れはあったが、「なれるわけがない」と笑われることが怖く、夢を口にすることさえ恥ずかしかった。結婚へ逃げた部分もあったかもしれない。だから今度こそ、人の目を理由に自分を諦めない。「これ以上、失うものはない」。その覚悟で挑戦を始めた。

芸能事務所には年齢を理由に断られ、頼れる人脈もなかった。それでも、検索で見つけたモデル募集へ1件ずつ応募し、読者モデルの撮影会では編集者へ「仕事として本気でモデルになりたい」と自分から伝えた。そこで勧められたのがInstagramだった。道が用意されていないなら、自分で人に会い、言葉にし、機会をつくる。この時の一歩が、人生を大きく動かしていく。

PHASE7 モデル・俳優時代 ― SNSで扉を開き、自ら役をつかむ

Instagramを始めると、撮影や日々の活動を地道に発信し続けた。1枚を選ぶために何十枚、何百枚と撮り、自分らしい見せ方を試行錯誤する。やがてサーフィンを軸に、海やスポーツを感じさせる世界観が形になった。フォロワーが増えるにつれて、広告、雑誌、ファッションの仕事が届き、表紙にも選ばれた。所属先がなくても、発信と行動が新しい仕事を連れてきた。

モデルの仕事が安定すると、次は俳優の夢へ進んだ。方法が分からなければ調べればいい。映画関係者へ自分から連絡し、監督のワークショップへ参加した。サーフィンを続けてきた自身のイメージが作品に合うこと、発信力を作品にも生かせること、何より役を演じたいという思いを率直に伝えた。その行動が実り、2019年公開の映画『ライフ・オン・ザ・ロングボード 2nd Wave』でメインキャストに選ばれた。

経験の差を埋めるため、撮影までの時間は演技の練習に注いだ。作品は全国の劇場で上映され、国際線の機内上映にも採用。その後はCMや広告映像など、演技の仕事も広がっていった。私はこの経験から、運はただ待つものではないと知った。「運の正体も、行動力と人間関係」。自ら扉をたたき、出会った人との信頼に応えることが、次の機会を生むと実感した。

PHASE8 起業から現在 ― 信頼を積み、夢を追える仕組みを仲間とつくる

俳優として主演の話が進み、半年先まで予定を空けていた頃、コロナ禍によって企画が止まった。エンターテインメントの仕事が一斉に動かなくなる中、私は、以前から始めていた事業へ本格的に軸足を移す。SNSによって人生の可能性を広げてもらった自分が、今度は誰かの可能性を広げる仕組みをつくりたい。その思いが、株式会社MCLOUDの経営へつながった。

会社員経験がなく、企業向けのメールも、パソコンを使う仕事も、営業も、すべてが新しい世界だった。モデルや俳優は依頼された仕事に応える立場だが、経営者は自分から声をかけ、断られても人を巻き込み、仕事そのものをつくらなければならない。芸能出身であることから事業の本気度を疑われることもあった。悔しさを抱えながら、システム開発、営業、採用、組織づくりを一つずつ学び、言葉ではなく実績と誠実な対応で信頼を積み上げていった。

現在は、日本最大級のInfluencer’s EXPO、Influencer’s Award、約3,500名が登録するキャスティングプラットフォーム、SNS運用・キャスティング事業を仲間と展開している。目指すのは、自分一人が成功することではない。社員と組織を育て、企業とクリエイターが互いの価値を発揮できる関係を残すこと。発信する力によって、過去や環境に可能性を決められず、誰もが安心して夢を追える世界をつくるため、挑戦を続けている。

WORKS これまでの実績

株式会社MCLOUD 代表取締役CEO

日本最大級のインフルエンサーイベント『Influencer’s EXPO』主催

日本を代表するインフルエンサーを表彰する『Influencer’s Award』主催

約3,500名が登録するインフルエンサーキャスティングプラットフォームを運営

映画『ライフ・オン・ザ・ロングボード 2nd Wave』メインキャスト出演

モデル・俳優として映画、雑誌、テレビ、CM、広告、ファッションショーなどに出演

モデル・インフルエンサー・経営者としての経験を生かし、SNS領域で企業とクリエイターを支援

Private Q&A 一問一答
Q1. 人生で、大きな分岐点は何でしたか?

28歳で離婚し、子どもを育てながら自分の人生を選び直すと決めたことです。できるかどうかではなく、本当は何になりたいのかを問い、モデル、俳優、起業家の三つへ挑戦しました。

Q2. あなたにとって仕事とは?

自分から声をかけ、相手の立場を理解し、信頼に応えることを大切にしています。一人の力に頼るのではなく、仲間が力を発揮できる仕組みと、企業とクリエイターの双方に価値が残る関係をつくります。

WELCOME TO ELUNA

あなたもELUNAに
起業ストーリー・プロフィールを
掲載してみませんか?

わたしの想いと仕事を、
きちんと伝えられる“公式の場所”

01

OFFICIAL PAGE

あなた専用の美しい
公式プロフィールを作成

02

LINK IN BIO

SNSリンクを
URLひとつに美しく統合

03

TRUST

完全審査制による
確かなブランドの証明

04

EASY EDIT

言葉を置くだけで完成
洗練されたデザイン