松沼 佑花
Matsunuma Yuka大阪府
大阪府
採用・定着、労務トラブル、休職・復職、人事評価制度、助成金の活用、行政調査への対応など、人と組織に関する経営課題を継続的に支援します。法令と現場の実情を踏まえ、自らの事業承継・組織運営の経験も生かし、経営判断から運用の定着まで伴走します。
労働者派遣事業と有料職業紹介事業の新規許可、更新、変更届から、許可後の運営体制・帳票・ルール整備まで一貫して支援します。労働局との折衝を含め、制度や地域の違いを踏まえながら全国のご相談に対応します。
会社の実情や働き方に合う就業規則の作成・見直し、労働保険・社会保険の各種手続き、給与計算を支援します。日々の運用で迷いや漏れが生じない体制を整え、企業が安心して人を雇い、事業へ集中できる基盤をつくります。
名古屋で、放射線技師として働く父と、保育士資格を持つ母のもとに生まれました。6歳下の弟が生まれるまでは一人っ子として過ごし、静かでマイペースな子どもでした。一人で遊ぶことも、外で思いきり体を動かすことも好きで、自分の時間を自然に楽しんでいました。
女の子同士の距離感よりも、男の子と自然に遊ぶ方が心地よく、周囲に無理に合わせるより、自分が納得できる関わり方を選んでいました。誰かと同じであることより、自分らしくいられることを大切にしていたのです。自分の感覚を尊重しながら、相手とのちょうどよい距離を見つける姿勢は、後に人と組織へ向き合う仕事の土台になっていきます。
小中学校時代を過ごした地域には、さまざまな家庭環境や価値観を持つ人が暮らしていました。勉強しているだけでからかわれることもあり、人間関係やその場の空気を読みながら、自分の身を守り、周囲と関わる必要がありました。相手によって言葉や距離を変え、危険を避ける感覚も身につきました。
その経験から、表面的な言動だけで人を判断せず、その人の背景に何があるのかを考えるようになりました。中学では高校進学を目指して勉強に力を入れ、少しずつ成績を伸ばしました。人にはそれぞれ異なる事情があり、一つの見方だけでは理解できない。多様な立場を想像し、状況に応じて動く力は、現在の労務相談にもつながっています。
努力して公立の進学校へ進むと、それまでとは環境が大きく変わりました。自由な校風の中で、安心して話せる友人たちに出会い、学校行事も楽しみました。自分の考えを持ち、それぞれの個性を尊重する人たちに囲まれた高校生活は、人との関わり方と視野を大きく広げてくれました。
一方、周囲の学力は高く、思うように成績が伸びないという初めての挫折も経験します。第一志望には届かず、浪人や地元を離れる選択が難しい中で、名古屋の大学へ進み経営学を学びました。当時は将来像を明確に描けていませんでしたが、努力と結果が必ずしも一致しない経験から、置かれた環境の中でも自分で進む道を選び直すことの大切さを知りました。
就職活動は就職氷河期と重なりました。総合職を希望して約100社へ応募しましたが、同じ大学の男性が採用される一方、自分は選考を通過できない場面もありました。能力や意欲だけでは越えられない壁を前に、女性が仕事を選び、長く働き続けることの難しさを実感しました。
最初に入社したのは英会話スクールの営業職でした。毎月の目標に追われる厳しい環境でしたが、支え合える仲間に恵まれ、相手の話を聞き、必要としていることを捉え、提案を結果につなげる力を磨きました。約2年半、数字と向き合いながら成果を重ねた経験は、仕事の厳しさだけでなく、自分の工夫で人の行動や結果が変わる喜びも教えてくれました。
営業職を離れた後は、派遣の事務職や医療系学会・イベントのディレクターなど、複数の仕事を経験しました。異なる職場や立場に身を置くことで、働く人が抱える悩みや、組織によって変わる仕事の進め方を知り、社会を見る視点が広がっていきました。新しい環境へ飛び込み、自分にできることを増やす日々でもありました。
その一方で、経験の数を重ねるだけでは、自分の軸になる専門性は残らないのではないか。体力に頼る働き方を長く続けられるのかという不安もありました。30歳を目前に、環境が変わっても生涯続けられ、誰かの役に立てる仕事を持ちたいと考えるようになります。自分が本当に力を注げる専門分野を、具体的に探し始めました。
30歳で結婚し、負担の大きかった仕事を退職しました。夫の転勤にも対応できる専門職を考える中、大学で出会った先生や父から聞いていた社会保険労務士という仕事が、現実的な選択肢として浮かびます。自身の労働経験から、職場の問題には法律だけでなく人の感情も深く関わると感じていたことも、決断を後押ししました。集中的に学び、約1年で試験に合格します。
その後は社労士事務所で実務を学び、33歳で出産。子どもが小さいうちから仕事に復帰し、子育てと専門職としての歩みを重ねました。学んだ知識が困っている人の支えになり、自分自身も実務を通じて成長できることに喜びを感じます。一つひとつの相談と向き合いながら、資格を現場で生きる専門性へと育てていきました。
夫の転勤を機に大阪へ移り、ALLROUND大阪オフィスで働き始めました。顧客企業に助言する立場として経験を積む中で、経営者の悩みを本当に理解するには、自分自身も責任を引き受ける必要があると感じるようになります。そんな折、事業を受け継ぐという大きな機会が訪れました。
同僚とともにM&Aによる承継を決断し、共同代表として経営に携わります。資金、雇用、組織運営など、これまで助言してきた課題を自ら背負い、社員と事業を守るための判断を重ねる立場になりました。迷いながらも決断し続けた経験は、経営者が抱える孤独や重圧をより深く理解し、机上の正論ではなく、現実に根ざした支援を行う力になっています。
現在は株式会社ALLROUND Plusの共同代表として、大阪と品川を拠点に、人事労務の相談や派遣・有料職業紹介許可を支援しています。年間200件を超える相談に向き合う中で大切にしているのは、法律や制度の正解を示すだけで終わらないこと。経営者と働く人の双方の声に耳を傾け、問題が大きくなる前に兆しを捉え、それぞれの会社に合う現実的な解決策を一緒に考えています。
私自身も一人の経営者として、組織づくりや人材育成、事業の成長に日々向き合いながら挑戦を続けています。だからこそ、机上の理論ではなく、同じ経営者として悩みや決断に寄り添い、ともに未来を考える伴走者でありたいと思っています。
これから力を入れたいのは、次の世代の育成です。社会保険労務士が、人の人生を支えながら社会に貢献し、自分自身も長く働き続けられる仕事であることを伝えたいと考えています。経営者の最も身近な伴走者であり続けると同時に、若い人が安心して挑戦し、成長できる場をつくること。専門職として受け取ってきた価値と未来を、次の世代へ丁寧につないでいきます。
長く働き続けられる専門性を身につけたいと考え、社会保険労務士を目指したこと。東京でALLROUNDに入社後、夫の転勤を機に大阪事務所へ異動。その後、事業承継を決断し、共同代表として経営に携わるようになったことが、人生の大きな転機となりました。
「挑戦する人を支えること」だと思っています。経営者も働く人も、安心して挑戦できる環境があってこそ前へ進めます。私自身も経営者として挑戦を続ける一人だからこそ、法令や制度だけでなく、人や現場に向き合い、ともに考え、伴走することを大切にしています。
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