秋元 志保
akimoto shiho東京都
東京都
外国人の在留資格申請と、外国人を採用・雇用する企業側の手続きを支援します。制度や必要書類を一方的に説明するのではなく、申請者の経歴、就労内容、企業の状況を丁寧に確認。双方が今すべきことを分かりやすく整理し、日本での生活と仕事を安心して始め、継続できるよう申請実務へ伴走します。
会社設立、事業に必要な許認可、契約や各種行政手続きを幅広く支援します。相談内容を制度の分野ごとに切り分ける前に、始めたい事業と現在の困りごとの全体像を確認。必要な手続き、準備する書類、進める順序を整理し、専門用語を生活者・事業者の言葉へ置き換えながら、無理のない実行へつなげます。
補助金申請を含む中小企業・個人事業者の相談に対応します。相手が今知る必要のない情報まで並べず、判断に必要な内容を必要な量だけ伝えることを重視。何を誰へ相談すべきか分からない段階から話を受け止め、自ら対応できる範囲を明確にし、必要に応じて他の専門家ともつなぐ地域の入口になります。
東京都豊島区で、両親と4歳下の妹の4人家族として育った。母は裁縫が得意で、洋服を作るなど子どもたちに多くの時間を注いでいた。目立つことより本を読むことが好きで、図書館では貸出上限の10冊を借りては読み、また次の10冊を選んだ。知りたいことがあれば子ども向けの棚にとどまらず、大人の本にも手を伸ばした。
国語が得意で、周囲を少し引いた位置から眺める、年齢より大人びた子どもだった。本には、自分がまだ知らない世界と、疑問を考えるための言葉があると感じていた。書かれている内容をそのまま覚えるのではなく、意味を読み取り、自分なりに理解する。幼少期に積み重ねた読書習慣が、後に法律を読み解き、難しい制度を生活者の言葉へ置き換える力の基礎になった。
公立の小中学校で過ごし、図書委員を進んで務め、英会話部にも所属した。表立って反抗することはなかったが、先生や周囲の言葉をそのまま受け取らず、心の中で『本当にそうだろうか』と考えることが多かった。皆と同じ行動をしながらも、自分の居場所はここだけではないかもしれないという感覚を持っていた。
違和感を感情のままぶつけるのではなく、調べ、比べ、自分なりの答えをつくる。それは、後に相談者ごとに事情の異なる行政実務へ向き合う姿勢につながった。制度の説明を一律に当てはめる前に、なぜ困っているのか、どの情報が本当に必要なのかを考える。相手と少し距離を取りながら全体を見る観察力も、この頃の居場所探しのなかで育っていった。
初めて自分で環境を選べる機会として高校受験を捉え、豊島区から横浜の法政大学女子高等学校(現・法政大学国際高等学校)へ進学した。日本語学を学べる大学への道があることに加え、『女性である前に、まず人間であれ』という校訓に強く惹かれた。片道約1時間45分の通学は容易ではなかったが、自分で選んだ場所へ毎日通うことに迷いはなかった。
吹奏楽部では朝練を含む活動に打ち込んだ。仲間は『自分は自分、人は人』という距離感を持ち、互いを同じ型にはめなかった。これまで抱いていた違和感も、そのまま自分の一部として受け止めてもらえる環境だった。居場所は与えられるのを待つだけでなく、自分で選び直せる。長い通学の先で得た実感が、その後の転職や資格取得、独立へ踏み出す力になった。
法政大学文学部日本文学科で日本語学を専攻した。当時、日本人学生で日本語学を選ぶ人は多くなく、留学生とともに、文法や表現、言葉がどのように相手へ伝わるかを学んだ。就職に直接役立つかどうかを先に考えるのではなく、幼い頃から好きだった日本語そのものを研究できる時間を楽しんだ。
大学時代には東京ディズニーランドのレストランでアルバイトも経験した。同じ内容を伝える場合でも、相手の年齢や状況、場面に合わせて言葉や表情を変える必要がある。研究で磨いた言語感覚と、現場で相手を見る接客感覚が、この時期に重なり始めた。法律用語をただ正確に説明するだけでなく、相談者が理解し、安心して動ける言葉へ編集する現在の強みへつながっている。
就職氷河期に備え、大学在学中に旅行業務取扱主任者資格を取得し、希望していた大手旅行会社へ入社した。法人営業部で社員旅行や懸賞旅行の営業、添乗、年間売上管理を担当。池袋支店で初の女性営業として、男性中心の営業方法へ食らいつき、顧客の要望と社内の手配をつないで形のない旅行商品を届けた。
営業中の電車で東京ディズニーシー開業に向けた募集を見つけ、サービスをさらに極めたいとオリエンタルランドへ転職。商品販売部のスーパーバイザーとして店舗運営、キャスト指導、売上管理を約2年間担った。その後はウェディング会社や再び旅行会社で接客と手配を経験。相手の楽しい時間を裏側から整え、働く人にも目的を共有する経験が、士業をサービス業として捉える土台になった。
28歳で結婚し、31歳で出産した。夫の仕事が多忙でワンオペ育児となり、土日や夜間を含むシフト勤務のサービス業へ復職することは難しいと判断した。子どもと過ごせる時期を大切にし、約4年半専業主婦として育児へ向き合った。仕事以上に思いどおりにならない日々のなかで、母親として十分にできているのか悩むこともあった。
裁縫や家事を丁寧にこなした母と自分を比べ、負い目を感じる時期もあった。それでも、子どもの成長後に無理なく続けられ、時間を自分で組み立てられる仕事はないかと考え始めた。資格の本を開き、行政書士という職業を初めて知った。起業家になりたいという憧れではなく、家庭と仕事の両方を守る現実的な選択を探したことが、新しい専門職へ進む入口となった。
法律知識がない状態から、子育ての合間に生まれる細切れの時間を積み重ね、約8か月の勉強で行政書士試験へ一度で合格した。幼少期からの読書量と、長い文章を読むことへの抵抗のなさが支えになった。資格取得後すぐに仕事を広げるのではなく、しばらくは子どもとの生活を優先し、使う時が来るまで学びを寝かせた。
子どもの幼稚園入園後、司法書士事務所で週3~4日の時短勤務を始め、実務に触れた。同事務所内で行政書士登録を行い、約1年後に独立。別の行政書士事務所を手伝いながら交流会や地域の集まりへ足を運び、顧客ゼロから信頼を増やした。好きなビールを毎日のように発信し、『ビール好きの行政書士』と覚えてもらった経験から、無理なく続けられる自分らしさが仕事の入口になることも学んだ。
現在は東京都豊島区大塚のエール行政書士法務事務所で、外国人の在留資格申請と外国人を雇用する企業の支援を中心に、会社設立、許認可、補助金申請などへ幅広く対応する。2017年2月の開業から地域との関係を積み重ね、2020年に事務所を構えて活動の基盤を整えた。地元の外国籍住民や中小企業、スタートアップに何が必要かを考え、業務領域を育ててきた。
人の悩みは、行政の分野別にきれいに分かれてはいない。だからこそ、まず何でも話せる場所でありたい。専門知識をすべて披露するのではなく、何を言い、何を言わないか、どの順番なら理解しやすいかまで考え、必要な道筋を簡潔に示す。読書、日本語学、旅行、テーマパーク、婚礼、子育てという別々に見えた経験をつなぎ、行政手続きを前へ進むための伴走へ変えていく。
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