Profile
家系図で過去を知り、
今日を生き、未来へつなぐ。
株式会社みそら

塩崎 明子

Shiozaki Akiko

家系図職人 / 終活アドバイザー / 家族の絆コーチ

静岡県

MESSAGE 私の想い
家系図は、先祖の名前を並べた記録ではありません。そこには、時代を懸命に生き抜いたそれぞれの選択や願い、家族へ託した想いが息づいています。その物語に触れることは、自分が突然ここに生まれたのではなく、多くの命に支えられて今を生きていると知ることです。 過去を知るのは、過去に縛られるためではありません。受け継いだものを見つめ、自分の存在を肯定し、これから何を大切に生きるのかを選ぶためです。家族の歴史が言葉になれば、親子の対話が生まれ、家や事業を継ぐ人の軸となり、未来へ渡したい価値観も明確になります。 私は、家系図を通じて「この家に、この命に生まれてよかった」と感じられる人を増やしたいと願っています。家族の中に感謝と理解が育つことは、社会の平和にもつながっていく。100年後の子孫が手に取れる家宝として、命と想いのご縁を未来へつないでいきます。
ACTIVITIES 活動内容について
Service

オーダーメイド家系図作成

行政書士法人の監修のもと、戸籍の収集・読み解きから作図、確認、製本まで一貫して対応します。多くの場合、江戸時代末期に生きた約150〜200年前の先祖までさかのぼり、直系だけでなく親族のつながりも丁寧に可視化。国産桐箱や遠州綿紬の特製ファイルなど、家族の歩みを100年後へ受け継ぐ家宝として、1件ごとに仕立てます。

Service

ルーツ調査・ファミリーヒストリー制作

戸籍だけでは分からない家族の物語を、過去帳、墓・菩提寺、家紋、古文書、郷土資料、旧土地台帳、軍歴証明、同姓家への聞き取りや現地調査などから紐解きます。資料が残る場合は300年、400年を超えるルーツにも挑戦。判明した事実を年表や文章にまとめ、先祖が生きた時代背景とともに、次世代が読めるファミリーヒストリーへ整えます。

Service

家系図講座・家族/事業承継支援

家系図を自分で作りたい方向けの講座や完成後の報告会に加え、家族の絆を育むコーチング、終活・墓じまいの相談、経営者の事業承継や人材育成を支援します。家族の歴史を共有することで、本人や後継者のアイデンティティを育み、受け継いできた価値観や理念を言葉にして、親子・親族・組織の対話へつなげます。

MY STORY 私の物語
PHASE1 幼少期 ― 物語とおもてなしに触れ、暮らしの変化を見つめる

神奈川県相模原市で、2人の兄がいる3人きょうだいの末娘として生まれた。両親は輸入家具やインテリアを扱う自営業。母は料理を作って人を招くことが好きで、家には人を喜ばせる明るさがあった。家族旅行は多くなかったが、父の納品に同行し、トラックで出かけた時間は温かな思い出として残っている。一方、物心がついた頃から家計は厳しく、母の口癖は「お金がない」だった。事業が傾くにつれて暮らしは変わり、中学生の頃には自宅が競売となり、1軒家からマンション、さらに小さなアパートへ移った。売り物だった照明やカーテン生地、絵画などに囲まれながら、家族の仕事と生活が大きく揺れる様子を間近で見つめた。

少女漫画や本の物語に夢中になり、外では鬼ごっこをして元気に遊んだ。父は優しく聡明で、人を信じる人だった。もともと陽気だった母が、経済的な重圧の中で次第に笑顔を失っていく姿も見ていた。人を喜ばせることの温かさと、暮らしが人の心に与える影響。その両方を知った幼少期だった。

PHASE2 小学校高学年〜中学 ― 世界平和を願い、2人目の女性生徒会長へ

小学6年の頃には、世界から争いをなくしたいと真剣に考えていた。当時の夢は「宇宙防衛隊の艦長」。宇宙から共通の脅威が来れば、地球の人々は争いをやめて1つになれるのではないか。子どもらしい発想の奥には、分断を越えて人が力を合わせる世界への切実な願いがあった。

中学では陸上部に所属し、中学2年で生徒会長選挙に立候補。男子生徒と競い、学校で2人目となる女性生徒会長に選ばれた。緊張を抱えながらも全校生徒を前に世界平和について語り、学校をより良くするために自分ができることを考え続けた。家では事業の悪化と転居が重なる時期でもあったが、社会や大人を批判するだけでは何も変わらない。困っている人を助けたいなら、まず今いる場所で動こう。身近な学校で責任を引き受けた経験が、理想を言葉だけで終わらせず、行動へ変える姿勢を育てていった。

PHASE3 高校・大学 ― 応援団と社会活動で、理想を行動に変える

生徒会活動で積み上げた内申点も生かし、進学校へ進んだ。高校では応援団部に入り、チアリーダーとして踊り、仲間に声を届けた。アルバイトも始め、勉強だけに収まらない毎日を送った。前に立って人を鼓舞することも、働いて社会と接点を持つことも、自分の世界を少しずつ広げてくれた。

世界平和に関わる仕事をしたいという思いから、中央大学総合政策学部へ進学した。国際機関や政治家を志した時期もあったが、関心は教室の外へ向かう。学生団体やNPO、選挙の手伝い、経営者が集まる勉強会へ足を運び、さまざまな大人と出会いながら、社会を動かす方法を探した。20歳の頃に出会った哲学の学びでは、理性だけで感情を押さえ込まず、本来の自分を生きることの大切さを教わった。「何のために生きるのか」という問いが、理想を追う自分の内側にも向けられ、社会を変えたいという願いと、自分の感性をどう生かすかを重ねて考えるようになった。

PHASE4 リクルート時代 ― 自転車営業に鍛えられ、起業への意志を磨く

大学卒業後、株式会社リクルートに入社し、静岡県浜松市へ移った。地域活性化に関わりたいという思いが進路の出発点だったが、就職活動を通じて、社会を変える力は政治だけでなく事業にもあると感じていた。いつか自分で事業を起こすことを見据え、挑戦する人が集まる環境を選んだ。周囲には難関大学出身者や学生起業の経験者が多く、入社当初は気後れした。担当したのは求人誌「タウンワーク」の新規営業。電動自転車で田んぼの間を走り、片道40分をかけて飛び込み営業に向かうこともあった。成果が出ず、汗をかきながら「なぜこんなことをしているのだろう」と、辞めたくて仕方のない時期もあった。

上司に退職を相談すると、「辞めたくなくなったら辞めな」と返された。その言葉に背中を押され、まずは納得できるところまでやり切ろうと決めた。やがて月間トップとなり、MVPにも選ばれた。約4年の勤務を経て、20代後半で結婚。全国転勤のある働き方との両立を考え、次の道へ進んだ。

PHASE5 結婚・出産前後 ― 家族を支えながら、自分の仕事を探し続ける

結婚後は、夫が営む行政書士事務所を手伝いながら、自分の事業を模索した。関心があったのは、人材育成や社員研修、働くことに悩む人の就労支援だった。名古屋へ通って学び、いよいよ仕事にしようとした時に妊娠が分かる。身体と距離を考え、その学びはいったん休止することにした。

それでも歩みを止めることなく、国の委託による若者の就労支援、子育て中の母親の仕事を支える活動、地域にひまわり畑をつくるプロジェクトなど、いくつもの活動を並行して続けた。父が始めた保険代理店を継ごうとした時期もあり、育児をしながら、家族と地域に必要とされる仕事を探し続けた。動けば動くほどできることは増えたが、「これが自分の仕事だ」と言い切れるものには、まだ出会えていなかった。それでも、目の前の人が前を向くきっかけをつくりたいという思いは変わらない。遠回りに見えた1つひとつの経験が、後に家族の人生へ寄り添う仕事の土台となっていった。

PHASE6 父との別れ ― 残せなかった言葉が、家系図の原点になる

71歳になった父が、「成功したら本を書きたい」と口にした。成功とは何だろう。すでに十分に波乱のある人生を歩んできたのだから、その経験を子や孫へ残す自分史をつくろう。そう提案し、自分史について学び始めた。その過程で、人生の背景を伝える家系図という存在に心を引かれた。しかし制作を始める前に父は病に倒れ、言葉を交わせないまま8か月の闘病を経て、72歳を迎える少し前に亡くなった。聞きたいことは数え切れないほどあったのに、父の本も家系図も見せられなかった。忙しさを理由に、ゆっくり話す時間を持てなかったことへの後悔が、胸に深く残った。

家系図が完成したのは父の1周忌だった。そこで叔父から、祖父が満州からシベリアへ送られ、捕虜として抑留されたこと、苦労の末、数年を経て日本へ帰ってきたことを知らされた。父が5歳、弟が3歳、祖母が31歳の時に経験した、満州からの引揚げの苦労は、幼い頃から父に何度か聞いていた。しかし、祖父の抑留について詳しく聞いたのは、この時が初めてだった。家族の中にこれほど大きな物語がありながら、知らないまま失われかけていた。その痛みが、「同じ後悔をほかの家族にしてほしくない」という使命へ変わった。

PHASE7 30代前半 ― 手探りで始めた家系図づくりを、家族の宝へ

2013年、家系図・自分史・終活支援の事業を始めた。知識も経験もないところから、戸籍の読み方や家系図の作り方を学び、夫の行政書士事務所の顧客へ声をかけた。最初の依頼を受けた時は、自分の学びが誰かの役に立つ喜びとともに、大切な家族の歴史を託される責任の重さを感じた。調査と制作を重ねながら、仕事として長く続けられる形を一歩ずつ模索していった。

育児や地域活動を続けながら、営業と制作に向き合う日々。やがてスタッフを迎え、少しずつ制作体制を整えた。2019年頃には補助金も活用してチラシやホームページを制作し、家族ごとに異なる歴史へ丁寧に向き合う姿勢を大切にしてきた。自分の家系図を広げて見た時、「誰ひとり欠けても、今の自分はいない」と涙があふれた。その感動を届けたいという思いで歩みを重ね、現在は浜松市を拠点に、全国の家族の物語を未来へ残す仕事に取り組んでいる。

PHASE8 現在・これから ― 過去を知り、命の物語を未来へつなぐ

現在は株式会社みそらの代表取締役として、5名のチームで全国からの依頼に応えている。戸籍を基にした家系図作成に加え、墓や菩提寺、家紋、過去帳、古文書、軍歴、郷土資料、現地調査まで扱う。専門スタッフの力も合わせ、名前の一覧だけでは見えないファミリーヒストリーを立体的に紐解いている。大切にしているのは、記録の奥にある感情と時代背景を読むことだ。複数の婚姻があった家系も、当時の家業や子育て、暮らしをたどれば、事業と命をつなぐための懸命な選択だったと見えてくることがある。過去を単純に評価せず、それぞれが生きた事情に寄り添うことで、家族を見る目は変わっていく。

家系図は、家庭教育や人材育成、事業承継にも生かせる「生きるための羅針盤」だと考えている。家族の歴史を知るほど、日本の歴史や文化への関心も深まり、自分が受け継いできたものへの誇りが育っていった。多様化とグローバル化が進み、異なる背景を持つ人々と共に生きる今だからこそ、自分のルーツを知り、日本人としての軸を持つことが、互いを尊重し、より良い社会を築く力になると感じている。今の暮らしは、先人や先祖が命を懸けて守り、懸命な思いでつないできた命と国の土台の上に成り立っている。その思いを1人でも多くの人と分かち合い、志を共にしながら、より良い世界を次の世代へ遺していきたい。これからは家系図を起点とした家族や人生の支援も深め、幸せに生きる選択を後押ししていく。

WORKS これまでの実績

株式会社みそら 代表取締役

浜松市を拠点に14年、500名以上・3,000家系以上の家系図制作・調査

家系図講座・講演に延べ100回以上登壇

2014年 日本青年会議所主催「人間力大賞」受賞

2014年 静岡新聞夕刊「窓辺」で最年少コラム執筆

静岡朝日テレビ、千葉テレビほか、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌で紹介

WELCOME TO ELUNA

あなたもELUNAに
起業ストーリー・プロフィールを
掲載してみませんか?

わたしの想いと仕事を、
きちんと伝えられる“公式の場所”

01

OFFICIAL PAGE

あなた専用の美しい
公式プロフィールを作成

02

LINK IN BIO

SNSリンクを
URLひとつに美しく統合

03

TRUST

完全審査制による
確かなブランドの証明

04

EASY EDIT

言葉を置くだけで完成
洗練されたデザイン