人と地域の循環を育てる
高市 寛子
Hiroko Takaichi国内&海外
国内&海外
京都・美山本店と大阪・神崎川店を中心に、微生物の発酵熱で体を温める酵素風呂を運営。自然豊かな地域と都市部、それぞれの場所に合った発酵温浴のあり方を育てています。
酵素風呂を開業したい人に向けて、設備、発酵管理、接客、人材育成、店舗運営までを支援。ここ数年で全国80店舗以上の開業・運営に関わり、各地域で持続できる店舗づくりをサポートしています。
酵素風呂と相性のよいファスティングや酵素ドリンクを設計し、サポート店舗の物販にもつながる仕組みを構築。さらに、導入・体験のハードルを下げる酵素風呂の足湯を開発し、47都道府県で体験できる未来を目指しています。
酵素風呂の認知拡大だけでなく、知識向上、衛生検査、研究連携にも取り組むため、一般社団法人日本酵素風呂協会を設立。衛生機関や大学と連携し、安心して広がる業界の土台づくりを進めています。
横浜で生まれ、父の仕事の都合で幼い頃からシンガポールへ。現地の幼稚園に通い、常夏の空気の中で泳いだり、自然や爬虫類に触れたりしながら過ごしました。マンションにはプールや遊べる環境があり、目の前にはまだジャングルのような自然も残っていた時代。与えられた遊びではなく、自分で面白いものを見つけて遊ぶ感覚が、幼い頃から自然に育っていきました。
三姉妹の末っ子として、家族や姉たちとにぎやかに暮らした時間も大切な原風景です。国や文化の違いを特別なものとしてではなく、日常として受け取っていたことが、後に新しい環境へ飛び込む力や、目に見えないものを感覚で捉える土台になっていきます。
小学校高学年で日本へ戻り、大阪での生活が始まります。シンガポールにも大阪にも、父母にとって深い地縁があったわけではなく、家族にとっても新しい土地での再出発でした。関西弁、日本の学校文化、男子と女子がはっきり分かれる距離感など、これまで当たり前だった感覚との違いに戸惑います。
自分では自然にふるまっているつもりでも、周囲との間に小さな違和感が生まれることもありました。それでも、その違いを拒むのではなく、少しずつ観察し、なじみ方を見つけていく。環境が変わった時に、自分の感覚を失わずに居場所をつくる力は、この時期に育っていきました。
父がタイへ赴任し、母も父の体調を支えるため海外へ。高校時代は大阪で姉と暮らす時期がありました。家族の形が変わる中で、親に相談せず愛犬を迎えたことが、大きな転機になります。犬を飼うと決めた以上、自分で責任を持つしかない。そこから、犬のためにアルバイトを始め、稼いだお金の多くを愛犬のために使う暮らしが始まりました。
大学へ進むよりも、働いて生活を支えることを選んだ背景には、ただ自立したいという思いだけではなく、「この命を自分が守る」という強い感覚がありました。愛犬との生活は、後に命や体の回復力へ関心を向ける原点であり、誰かのために動くことが自分の力になると知った時間でもありました。
仕事で家を空けることが多くなり、愛犬が寂しくないようにと子犬を産ませることを決意。小型犬の出産を一人で支え、五匹の命を取り上げました。病院で産むものだと思っていたところ、健康な犬は自宅出産になると知り、夜中から始まった出産に必死で向き合います。
そのうち一匹は病気を抱えて生まれ、母犬のお乳も十分に飲めず、夜中も二時間おきに世話を続けました。安楽死という選択を迫られながらも、どうしても決断できず、食事やケアを工夫しながら母犬と二人三脚で支え続けます。その子が約八年生きてくれた経験は、体にはまだ見えていない可能性があること、命は簡単に決めつけられないことを強く教えてくれました。
高校卒業後は、展示会ブースやショーウィンドウを手がけるデザイン会社で営業として働きました。顧客の要望を聞き、デザイナーへつなぎ、現場で形にしていく仕事を通して、人の思いを空間や体験へ変える面白さを知ります。その後、携帯販売や人材育成にも関わり、人がどう動き、どう変わっていくのかを現場で見続けました。
結婚・離婚を経て、親子関係や家庭の相談を受けるカウンセリング的な仕事も約10年続けます。人の心に向き合う仕事には大きな意味がありましたが、心の変化は目に見えにくく、本人も周囲も「変わった」と実感しづらいことがあります。だからこそ、体や外見、体感のように、変化を自分で感じられるアプローチを求めるようになっていきました。
友人から「酵素風呂がよかった」と聞き、さらに別の友人からも同じ店の話を聞いたことをきっかけに、初めて酵素風呂を体験します。米ぬかやおがくずが発酵し、ガスも電気も使わず、微生物の活動だけで熱が生まれる。その仕組みに触れた瞬間、ただ温まるだけではない、自然の力そのものに包まれるような衝撃がありました。
「これは絶対にいいはずだ」と直感し、その場で働かせてほしいと願い出ます。受付や説明を担当しながら、酵素風呂とは何か、なぜ体が温まるのか、どんな人に必要とされるのかを言葉にして伝え続けました。体で感じられる変化と、目に見えない微生物の力。その両方がつながったことが、自身の大きな転機になりました。
自分たちの店をつくるため、全国の酵素風呂を半年ほどかけて巡り、米ぬか、菌の培養、店舗づくり、接客のあり方まで研究しました。さまざまな店を見ていく中で、自分にとっての理想の酵素風呂とは何かを少しずつ言語化していきます。便利な立地や分かりやすい商業性だけではなく、土地の力や循環まで含めて育つ場所にしたいという思いが強くなっていきました。
関西圏で物件を探す中、京都・美山の美しい空気感に惹かれ、限界集落と呼ばれる地域で開業します。融資も周囲の理解も簡単ではなく、「酵素風呂とは何か」を伝えるところからの出発でした。それでも一年ほど休みなく積み重ね、体験した人の実感が口コミとなり、やがて一ヶ月先、三ヶ月先まで予約が埋まる店へと育っていきました。
現在は、合同会社発酵人間として京都・美山を本店に直営店を運営しながら、大阪・神崎川などにも展開。さらに全国80店舗以上の開業支援を行い、ここ数年で酵素風呂を始めたい人たちの相談やサポートが大きく広がっています。単に店舗を増やすのではなく、その土地に合った形で、酵素風呂が人と地域をつなぐ場になることを大切にしています。
また、日本酵素風呂協会を立ち上げ、大学との研究連携や衛生検査の仕組みづくりにも取り組んでいます。発酵に正解はなくても、人が安心して入れる酵素風呂として守るべき軸はある。何か問題が起きてからではなく、予防の段階で業界の信頼をつくることが、酵素風呂を未来へ広げるために必要だと考えています。美山では使い終えた資材を農家へ還し、地域の食や暮らしへ循環させる動きも生まれ、酵素風呂を中心に人、自然、地域がめぐるモデルを育て続けています。
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