CLOSE
Interview Story Vol.04

服を選ぶことは、
これからの自分を選ぶこと。

井川 真弓
OFFICE IKAWA ファッションコーディネーター・行政書士
Introduction

出産をきっかけに、私は社会の端に立たされた気がした。
誰にも見られていない。評価もされない。
気づけば、自分の人生なのに“エキストラ”になっていた。

それでも、心の奥で消えなかった感覚がある。
——このままで終わりたくない。

完璧じゃなくていい。遠回りでもいい。
もう一度、自分の名前で選ばれるために。

これは、肩書きを失ったところから始まった、
私が私を取り戻すまでの物語。

SECTION01

教育の家系で育ち、「人を育てるのが仕事」だと思っていた

井川さんは、両親も親戚も教師という“教育の家系”。高校で進路を考えた頃から、頭の中にあったのは教育・福祉の道だけでした。

「お金を稼ぐっていう感覚がなかった。人を育てることが仕事だと思ってた」

保育系の大学へ進み、教育実習・保育実習へ。ところがそこで、人生の最初の大きな挫折が訪れます。

「自分の些細な発言が、子どもの人生に影響しうると思ったら怖くなった。
そこまでの覚悟がない自分が、教育に関わってはいけないと思った」

周りは優秀で、情熱も強い。比べてしまい、自信が揺らいだ。そこで初めて「私は何がしたいんだろう」と考えたと言います。

SECTION02

雑誌で見た“プレス”に憧れて、全員が国家試験に向かう中ひとりアパレルへ

雑誌が好きだった井川さんが惹かれたのは、モデルではなく“プレス”という職業。
「ただ可愛いだけじゃなくて、仕事ができそうでキラキラしている」——その姿に、自分の未来を重ねたのです。

周囲が国家試験に向かう中、井川さんはアパレルを受け、結果は“全部合格”。

「プレスになりたかった。だから販売からスタートして、選ばれないといけない世界だった」

ただ、プレスは東京が中心。23歳で結婚し、拠点は名古屋。現場で任される範囲を広げながら働き、数年後に出産を迎えます。

SECTION03

出産で人生が180度変わった。「私は、社会のエキストラになった」

出産を機に退職し、専業主婦へ。そこで感じたのは、能力や努力以前の“見え方”の変化でした。

「誰も私のこと見向きもしない。評価すらされない。
街を歩いてても“赤ちゃん”にスポットライトが当たる。私はエキストラみたいだった」

そして26歳の頃、ふと鏡を見て衝撃を受けます。

「若いのに、そこに“おばさん”がいた。表情が悪くて、生活感が出てて、どうせ誰も見てないって思ってた」

ここが、井川さんの“再起”の起点でした。

「このままじゃダメだ。何かしなきゃ」

SECTION04

一発逆転を狙って選んだのが「行政書士」だった

「土日休みで、5時に帰れる仕事」を探しても、事務経験がない。子どもを預ける先もない。面接に落ち、保育園も決まらない。

「社会に見捨てられた気がした。
私を雇ってくれる会社なんて、どこにもないんじゃないかって」

そこで井川さんは“雇われる”ではなく、“資格で武器を作る”道を選びます。
しかも、簡単な資格ではなく、難易度が高いものを。

「簡単なの取っても、子どもがいると第二新卒に負ける。
だったら難しいやつ取らなきゃ、って思った」

「半年で取れる」と書かれていた行政書士資格取得の広告。
現実は甘くなく、2年かかりました。
それでも、積み上げた時間は裏切らなかった。

SECTION05

資格を取っても“仕事は取れない”。だからまず、雇われて実務を積んだ

資格を取った仲間(ほぼ男性)は、すぐ独立して発信している。けれど井川さんは、専業主婦で人脈も実績もないことを冷静に見ていました。

「開業しても無理だなと思った。実務も、仕事の取り方も分からない」

まず行政書士事務所でパートとして働き、実務を積む。
二人目の妊娠・出産もありながら、理解ある職場に恵まれ、短時間正社員として復帰。保育園にも入れた。

ただ現実は、ここからが本番でした。

「娘が毎週熱を出して、半年で合計1ヶ月休んだ。
“いつ電話が来てもいい状態”にして、進捗が分かるようにして、わざと周りに話しかけて覚えてもらって…」

締切の当日に休んでしまったこともある。
“迷惑をかけ続ける自分”がつらくなり、井川さんは決断します。

「独立しようかな、って。迷惑をかけるくらいなら」

SECTION06

営業が苦手なら「人がいる場所」に入ればいい。シェアオフィスが転機になった

独立後、課題は当然“仕事の取り方”。
井川さんは「自分から人のところへ行くのが性格的に難しい」ことを理解した上で、打ち手を選びました。

「人がいるところに入ればいい」

交流の生まれるシェアオフィスに入り、自然に相談が増えていく。補助金申請、会社設立——行政書士の仕事が回り始めます。
さらに、オフィスの1階に写真スタジオがあったことが、もう一つの道につながりました。

「プロフィール写真を撮ってもらった時に、ファッションの相談も受けるようになって。
“じゃあ紹介しますよ”って、そこからファッションも始まっていった」

“過去にやっていたこと”が、別ルートで戻ってくる。
これが井川さんのキャリアの面白さです。

SECTION07

服は飾りじゃない。私が「コーディネート」を仕事にする理由

井川さんがファッション・コーディネートを仕事として語るとき、そこに「流行」や「おしゃれ」という言葉はほとんど出てこない。
代わりに出てくるのは、「信用」「説得力」「立場」という、ビジネスの言葉だ。

「服って、自己満足のものじゃないんですよね。
“誰に、どう見られる必要があるか”を考えるためのツールだと思ってます」

アパレル時代、延べ5,000人以上を接客してきた経験から、井川さんは早い段階で気づいていたという。
同じ商品でも、着る人の立場や目的によって“正解”はまったく違うということに。

「おしゃれなのに選ばれない人と、
すごくシンプルなのに信頼される人がいる。
その違いは、センスじゃなくて“設計”なんです」

起業初期の女性に多いのが、
「好きな服」と「必要な服」が混ざってしまうこと。

「本当は、
・誰に会うのか
・どんな仕事をしている人に見られたいのか
・どんな未来へ進みたいのか
を整理しないと、服は決められない」

だから井川さんのコーディネートは、クローゼットの中から始まらない。
ヒアリングから始まり、仕事の内容、肩書き、立場、発信媒体、会う相手まで細かく確認する。

「ファッションって、“今の自分”だけじゃなくて、
“なりたい自分”への橋渡しだと思っていて。
だから私は、未来に引き上げる服しか提案しません」

また、井川さん自身が「服で自信を失った経験」をしていることも、この仕事への姿勢に大きく影響している。

「誰にも見られてないと思った瞬間から、
人は一気に“どうでもいい服”を選び始めるんです。
それって、自分を下げる選択でもある」

だからこそ、彼女のコーディネートは“華やかにする”ためではない。
立場を整え、言葉に説得力を持たせ、
「この人に頼みたい」と思われるための準備だ。

「服が変わると、
・話しかけられ方が変わる
・仕事の相談内容が変わる
・自分の振る舞いまで変わる
これ、本当に起きます」

ファッションは、後回しにされがちだ。
でも井川さんは言う。

「余裕ができてから整えるんじゃなくて、
整えるから、余裕が生まれるんです」

起業初期こそ、服は戦略になる。
そう確信しているからこそ、彼女は今日も“コーディネート”を通して、人の未来を設計している。

服を選ぶことは、これからの自分を選ぶこと。

Choosing clothes is choosing who you are becoming.
STORYTELLER 井川 真弓
OFFICE IKAWA ファッションコーディネーター・行政書士

井川真弓。行政書士・ファッションブランディングコンサルタント。アパレル業界で延べ5,000人以上を接客後、出産を機にキャリアの再構築を経験。行政書士資格取得・独立を経て、「装いは信用をつくるツール」という視点から、女性起業家や経営者のためのコーディネート・ブランディングを手がける。流行ではなく立場と未来を設計する装いに定評がある。

Editor's Message 編集部から

井川さんの歩みから伝わってくるのは、「挑戦は特別なことじゃない」という感覚でした。
うまくいったから次へ進むのではなく、進みながら形をつくっていく。
いつも“今の自分にできる一歩”を選び続けている人です。

環境が変わっても、年齢を重ねても、選択肢は減らない。
むしろ、経験が増えるほどチャレンジは洗練されていく。
その姿は、これから何かを始めたい人にとって心強い光になるはずです。

新しい一歩は、いつだって今日から。
このインタビューが、前に進む勇気をそっと後押しできたなら嬉しく思います。

WELCOME TO ELUNA

あなたもELUNAに
プロフィール掲載してみませんか?

わたしの想いと仕事を、
きちんと伝えられる“公式の場所”

01

OFFICIAL PAGE

あなた専用の美しい
公式プロフィールを作成

02

LINK IN BIO

SNSリンクを
URLひとつに美しく統合

03

TRUST

完全審査制による
確かなブランドの証明

04

EASY EDIT

言葉を置くだけで完成
洗練されたデザイン