教育の家系で育ち、「人を育てるのが仕事」だと思っていた
井川さんは、両親も親戚も教師という“教育の家系”。高校で進路を考えた頃から、頭の中にあったのは教育・福祉の道だけでした。
「お金を稼ぐっていう感覚がなかった。人を育てることが仕事だと思ってた」
保育系の大学へ進み、教育実習・保育実習へ。ところがそこで、人生の最初の大きな挫折が訪れます。
「自分の些細な発言が、子どもの人生に影響しうると思ったら怖くなった。
そこまでの覚悟がない自分が、教育に関わってはいけないと思った」
周りは優秀で、情熱も強い。比べてしまい、自信が揺らいだ。そこで初めて「私は何がしたいんだろう」と考えたと言います。
雑誌で見た“プレス”に憧れて、全員が国家試験に向かう中ひとりアパレルへ
雑誌が好きだった井川さんが惹かれたのは、モデルではなく“プレス”という職業。
「ただ可愛いだけじゃなくて、仕事ができそうでキラキラしている」——その姿に、自分の未来を重ねたのです。
周囲が国家試験に向かう中、井川さんはアパレルを受け、結果は“全部合格”。
「プレスになりたかった。だから販売からスタートして、選ばれないといけない世界だった」
ただ、プレスは東京が中心。23歳で結婚し、拠点は名古屋。現場で任される範囲を広げながら働き、数年後に出産を迎えます。
出産で人生が180度変わった。「私は、社会のエキストラになった」
出産を機に退職し、専業主婦へ。そこで感じたのは、能力や努力以前の“見え方”の変化でした。
「誰も私のこと見向きもしない。評価すらされない。
街を歩いてても“赤ちゃん”にスポットライトが当たる。私はエキストラみたいだった」
そして26歳の頃、ふと鏡を見て衝撃を受けます。
「若いのに、そこに“おばさん”がいた。表情が悪くて、生活感が出てて、どうせ誰も見てないって思ってた」
ここが、井川さんの“再起”の起点でした。
「このままじゃダメだ。何かしなきゃ」
一発逆転を狙って選んだのが「行政書士」だった
「土日休みで、5時に帰れる仕事」を探しても、事務経験がない。子どもを預ける先もない。面接に落ち、保育園も決まらない。
「社会に見捨てられた気がした。
私を雇ってくれる会社なんて、どこにもないんじゃないかって」
そこで井川さんは“雇われる”ではなく、“資格で武器を作る”道を選びます。
しかも、簡単な資格ではなく、難易度が高いものを。
「簡単なの取っても、子どもがいると第二新卒に負ける。
だったら難しいやつ取らなきゃ、って思った」
「半年で取れる」と書かれていた行政書士資格取得の広告。
現実は甘くなく、2年かかりました。
それでも、積み上げた時間は裏切らなかった。
資格を取っても“仕事は取れない”。だからまず、雇われて実務を積んだ
資格を取った仲間(ほぼ男性)は、すぐ独立して発信している。けれど井川さんは、専業主婦で人脈も実績もないことを冷静に見ていました。
「開業しても無理だなと思った。実務も、仕事の取り方も分からない」
まず行政書士事務所でパートとして働き、実務を積む。
二人目の妊娠・出産もありながら、理解ある職場に恵まれ、短時間正社員として復帰。保育園にも入れた。
ただ現実は、ここからが本番でした。
「娘が毎週熱を出して、半年で合計1ヶ月休んだ。
“いつ電話が来てもいい状態”にして、進捗が分かるようにして、わざと周りに話しかけて覚えてもらって…」
締切の当日に休んでしまったこともある。
“迷惑をかけ続ける自分”がつらくなり、井川さんは決断します。
「独立しようかな、って。迷惑をかけるくらいなら」
営業が苦手なら「人がいる場所」に入ればいい。シェアオフィスが転機になった
独立後、課題は当然“仕事の取り方”。
井川さんは「自分から人のところへ行くのが性格的に難しい」ことを理解した上で、打ち手を選びました。
「人がいるところに入ればいい」
交流の生まれるシェアオフィスに入り、自然に相談が増えていく。補助金申請、会社設立——行政書士の仕事が回り始めます。
さらに、オフィスの1階に写真スタジオがあったことが、もう一つの道につながりました。
「プロフィール写真を撮ってもらった時に、ファッションの相談も受けるようになって。
“じゃあ紹介しますよ”って、そこからファッションも始まっていった」
“過去にやっていたこと”が、別ルートで戻ってくる。
これが井川さんのキャリアの面白さです。
服は飾りじゃない。私が「コーディネート」を仕事にする理由
井川さんがファッション・コーディネートを仕事として語るとき、そこに「流行」や「おしゃれ」という言葉はほとんど出てこない。
代わりに出てくるのは、「信用」「説得力」「立場」という、ビジネスの言葉だ。
「服って、自己満足のものじゃないんですよね。
“誰に、どう見られる必要があるか”を考えるためのツールだと思ってます」
アパレル時代、延べ5,000人以上を接客してきた経験から、井川さんは早い段階で気づいていたという。
同じ商品でも、着る人の立場や目的によって“正解”はまったく違うということに。
「おしゃれなのに選ばれない人と、
すごくシンプルなのに信頼される人がいる。
その違いは、センスじゃなくて“設計”なんです」
起業初期の女性に多いのが、
「好きな服」と「必要な服」が混ざってしまうこと。
「本当は、
・誰に会うのか
・どんな仕事をしている人に見られたいのか
・どんな未来へ進みたいのか
を整理しないと、服は決められない」
だから井川さんのコーディネートは、クローゼットの中から始まらない。
ヒアリングから始まり、仕事の内容、肩書き、立場、発信媒体、会う相手まで細かく確認する。
「ファッションって、“今の自分”だけじゃなくて、
“なりたい自分”への橋渡しだと思っていて。
だから私は、未来に引き上げる服しか提案しません」
また、井川さん自身が「服で自信を失った経験」をしていることも、この仕事への姿勢に大きく影響している。
「誰にも見られてないと思った瞬間から、
人は一気に“どうでもいい服”を選び始めるんです。
それって、自分を下げる選択でもある」
だからこそ、彼女のコーディネートは“華やかにする”ためではない。
立場を整え、言葉に説得力を持たせ、
「この人に頼みたい」と思われるための準備だ。
「服が変わると、
・話しかけられ方が変わる
・仕事の相談内容が変わる
・自分の振る舞いまで変わる
これ、本当に起きます」
ファッションは、後回しにされがちだ。
でも井川さんは言う。
「余裕ができてから整えるんじゃなくて、
整えるから、余裕が生まれるんです」
起業初期こそ、服は戦略になる。
そう確信しているからこそ、彼女は今日も“コーディネート”を通して、人の未来を設計している。