子どもの頃、どんな価値観を持っていましたか?
幼い頃から、比較的活発で、自分の意見をしっかり持つタイプの子どもでした。人前に立つことにもあまり抵抗がなく、小学校では自ら手を挙げて学級委員を務めるような経験もしています。
ただ一方で、型にはまるタイプではありませんでした。高校に進学すると、落ち着いた校風の中でどこか自分らしさを発揮しきれない感覚を抱くようになります。その中で選んだのが、部活動ではなくアルバイトに時間を使うという選択でした。
大学に入ってからは、その傾向がさらに強くなります。複数のアルバイトを同時に掛け持ちし、気づけば7つほどの仕事を並行してこなしていました。決して誰かに強制されたわけではなく、「働くことそのもの」が楽しかったのです。自分で考えて動き、結果が返ってくる。その一連のプロセスに、強い充実感を感じていました。この頃からすでに、「自分で何かを生み出す側に回りたい」という価値観の原型ができていたのだと思います。
起業という選択は、いつ芽生えたのですか?
起業という言葉を明確に意識し始めたのは、大学時代でした。「いつか自分で何かをやりたい」という思いは、その頃からずっと持ち続けていました。ただし、それは具体的なビジネスアイデアがあるわけではありません。何をやるのかも、どうやって始めるのかも分からない状態でした。
資金もなければ、知識もない。それでも「雇われる側ではなく、自分で価値をつくる側に回りたい」という感覚だけは、なぜかはっきりとありました。おそらく、学生時代にさまざまなアルバイトを経験する中で、「働くとはどういうことか」「価値を提供するとはどういうことか」を体感的に理解していたからだと思います。
また、家庭環境としても、親が自営業を営んでいたことが影響していた可能性があります。特別に起業を勧められたわけではありませんが、「自分で仕事をつくる」という生き方が、どこか身近にあったのかもしれません。
社会人として最初に選んだ道はどんなものでしたか?
社会人として最初に選んだのは、非常に厳しい営業の世界でした。IT系ベンチャー企業に入社し、新規開拓営業として、1日300件のテレアポを行うような環境に身を置きます。成果が出るまで帰れない、いわゆる体育会系の営業文化の中で、日々数字と向き合い続けました。
同期の多くが途中で離脱していく中で、それでも諦めずに続けた結果、1年で課長代理というポジションを任されるようになります。この経験は、今振り返っても非常に大きな財産です。営業スキルそのもの以上に、「やり切る力」や「結果に対して責任を持つ姿勢」が、この時期に徹底的に鍛えられました。
どれだけ厳しい状況でも、自分で乗り越えるしかない。そうした環境の中で培われたメンタリティは、その後のキャリア、そして起業後の意思決定にも大きく影響しています。
そのまま営業を極める道もあったのでは?
実際、営業としての成果は出ていましたし、そのままキャリアを積み上げていく選択肢も十分にあったと思います。しかし、心のどこかで違和感がありました。「このまま営業だけでキャリアを終えてしまっていいのだろうか」という問いです。
起業したいという思いがある以上、営業力だけでは不十分だと感じていました。より広い視点で事業を捉える力、つまりマーケティングの知識や経験が必要だと考えるようになります。そこで、あえて未経験に近い領域であるマーケティングの世界に飛び込む決断をしました。
営業という“前線”だけでなく、“仕組み”を理解することで、初めて自分の事業がつくれる。そう考えたことが、大きな転機になりました。
マーケティングの現場は、どんな世界でしたか?
正直に言ってしまうと、想像していた以上に厳しい世界でした。マーケティングというと華やかなイメージを持たれがちですが、実際には非常に地道で緻密な作業の連続です。数千万規模の広告予算を扱いながら、データを分析し、改善を繰り返し、成果を出し続けることが求められます。
毎週のように大量のレポートを作成し、クライアントに報告を行う。時には徹夜で作業をすることもありました。営業とはまったく異なる性質の仕事であり、自分の適性とのギャップに苦しむ場面も少なくありませんでした。
それでも「3年間はやり切る」と決めて取り組み続けた結果、徐々に見えてきたものがあります。それは、「売上は偶然ではなく、仕組みでつくれる」という考え方でした。どのように設計し、どのように改善を回すかによって、結果は再現可能になる。この視点を得られたことが、その後の事業づくりにおいて非常に大きな意味を持つことになります。
起業につながる決定的な出来事は何だったのでしょうか?
大きな転機となったのは、両親の故郷である五島列島での出来事です。そこにあった中学校が、人口減少の影響で廃校になりました。その現実を知ったとき、「この地域はこの先も残っていくのだろうか」という強い危機感を抱きます。
同時に、「何とかしたい」「守りたい」という感情が芽生えました。それは五島列島だけの問題ではなく、日本全国の地方に共通する課題であることにも気づきます。
個人としてできることは限られているかもしれない。それでも、自分のスキルや経験を掛け合わせることで、何か価値を生み出せるのではないか。そう考えるようになったことが、起業への具体的な動機につながっていきました。
その想いは、どのようにビジネスへとつながったのですか?
転機となったもう一つの出来事が、海外向けの情報発信でした。SNS広告を活用し、日本の情報を英語や中国語で発信してみたところ、想像以上の反響があったのです。コメントやシェアが次々と広がり、再生数も国内を大きく上回りました。
そのとき初めて、「日本は世界から強く求められている」という実感を持ちました。そして、この事実と、地方の課題が頭の中でつながります。
地方は人口減少によって衰退している。しかし一方で、海外には日本を訪れたい人がこれだけいる。この二つを結びつけることができれば、地域に新しいお金の流れを生み出すことができるのではないか。
内側だけで完結するのではなく、外とつながることで地域を支える。その発想が、「インバウンド」という形で具体化していきました。
起業はどのようにスタートしたのですか?
起業は、過去に一緒に働いていたメンバーとともにスタートしました。海外対応に強いメンバーが言語や現地視点を担い、自身はサービス設計や営業に集中するという形で、明確に役割分担を行いました。
当時は、インバウンドとSNSマーケティングを掛け合わせたビジネスを本格的に行っている企業はまだ多くありませんでした。そのため、自治体などとの実績が一つできると、それが次の案件へとつながり、徐々に事業が広がっていきます。
これまで積み重ねてきた営業力、マーケティングの知識、そして課題意識が一本の線となり、事業として形になっていきました。
現在の事業において、特にこだわっていることは何ですか?
現在の事業において最もこだわっているのは、「発信して終わらせないこと」です。インバウンド施策というと、どうしても情報発信やプロモーションに意識が向きがちですが、それだけでは本質的な価値にはつながらないと考えています。
大切にしているのは、その先にある「実際の来訪」や「体験」、そして「地域への経済循環」までを設計することです。どれだけ多くの人に見られても、実際に人が動かなければ地域に変化は生まれません。そのため、単なるSNS運用ではなく、戦略設計からコンテンツ、導線づくり、受け入れ体制までを一貫して考えることを重視しています。
また、海外の視点を取り入れることにも強くこだわっています。日本人が当たり前だと思っている価値と、海外の人が魅力に感じるポイントにはズレがあることが多いからです。そのギャップを理解し、翻訳するのではなく「再編集する」ことによって、日本の魅力をより伝わる形に変えていく。この視点こそが、自分たちの提供価値だと考えています。
外国人目線をどのように事業に取り入れているのですか?
事業を進めるうえで特に重視しているのが、「外国人目線をいかにリアルに取り入れるか」という点です。日本人だけで企画を考えてしまうと、どうしても内側の視点に偏ってしまい、本来の魅力が十分に伝わらないことが多いと感じています。
そのため、500名超えの在日外国人コミュニティを自らつくり、日常的に意見を取り入れられる環境を整えています。単発でヒアリングをするのではなく、継続的に関係性を築くことで、よりリアルな感覚や価値観を理解できるようにしています。
実際にコンテンツを企画する段階でも、「これは本当に伝わるのか」「どこに魅力を感じるのか」といった視点をコミュニティのメンバーとすり合わせながら進めています。そのプロセスを経ることで、日本人だけでは気づけなかった価値が見えてくることも少なくありません。
外国人目線を“取り入れる”のではなく、“共につくる”。その姿勢こそが、これからのインバウンドにおいて重要だと考えています。
「Origami Concierge」というプラットフォームについて教えてください
現在取り組んでいるプラットフォームの一つが、「Origami Concierge」です。これは、日本各地にある魅力的な体験や文化を、海外の人に向けて届けるためのサービスとして構想・展開しています。
日本には、まだ知られていない魅力的な体験が数多く存在しています。地域ごとに独自の文化や技術、ストーリーがありながら、それらがうまく整理されず、世界に届いていないという課題があります。「Origami Concierge」は、そうした価値を丁寧に編集し、海外の人にとって“選びやすく、体験したくなる形”で届けることを目的としています。
単なる情報掲載のプラットフォームではなく、実際の来訪や体験につながる導線までを設計している点が特徴です。海外ユーザーの視点を取り入れながら、「何をどう見せれば行きたくなるのか」という部分にこだわり、日本の魅力を再編集しています。
将来的には、このプラットフォームを通じて地域と世界をつなぐだけでなく、日本各地の事業者同士がつながり、価値やノウハウが循環していく仕組みへと発展させていきたいと考えています。
今後の展望について教えてください
今後の大きな目標として掲げているのは、「日本を世界No.1の観光立国にすること」です。
日本には、まだ世界に十分に伝わっていない魅力が数多く存在しています。地域ごとに独自の文化や体験、歴史があり、それぞれが本来大きな価値を持っているにもかかわらず、伝え方や届け方の課題によって機会を逃しているケースも少なくありません。
だからこそ、これまで取り組んできたインバウンドマーケティングの知見や仕組みをさらに発展させ、日本全体の価値を底上げしていきたいと考えています。
単なる観光客数の増加ではなく、日本ならではの体験価値を世界に届け、選ばれ続ける国にしていくこと。
その実現に向けて、日本の観光の単価を上げ、量から質へと転換していく必要があると考えています。
その状態を実現することが、本質的な意味での「観光立国」だと捉えています。
地域と世界をつなぎ、人の流れと価値の循環を生み出していく。その積み重ねの先に、日本が世界No.1の観光立国として認識される未来を実現していきたいと考えています。